文学の嗜み

文学表現全体の総合的な研究

佐藤究『テスカトリポカ』直木賞・山本周五郎賞W受賞のクライムノベル

テスカトリポカ (角川書店単行本)

佐藤究さんの長編小説『テスカトリポカ』は、第165回直木三十五賞および第34回山本周五郎賞をダブル受賞した作品である。これは17年ぶり史上2度目の快挙。

多くの読書家の関心を集めたようだ。私もその一人である。

本作では、アステカ神話を現代に重ねている。叙述内容は興味深く感心した。多くの資料を相当読み込まなければ、書けない内容である。

この壮大さは、本作の大きな魅力となり、小説の価値を高めているといえよう。小説でなければ、表現できない物語である。

本作は、資料の読み込みや筆力などへの評価が高い。佐藤究さんは、本作の完成まで3年半をかけている。言葉で描写することに妥協しなかったからこその完成度なのだと分かった。

直木賞と山本周五郎賞の選考委員からは、感嘆の声が上がっていた。もっとも、直木賞作家の筆力は軒並み高い。

佐藤究さんは、文体的には翻訳ノンフィクションを意識したとのこと。簡潔で力強い文体は、佐藤究さんの持ち味なのであろう。結果として、読みやすくなり、迫力をもたらす。

佐藤究さんは以前に、言語の表現では詩が一番だと思う、と語ったことがあった。だが、言語に特化すると、今日の市場では売れないらしい。山本周五郎賞の選考では、数多くの評価点のひとつに、詩的さ加減という言葉もあった。

本作は、クライムノベル(犯罪小説)である。最終的には改心したようにも読み取れるが、主人公は重犯罪者である。直木賞のイメージと隔たりを感じる方もいるかもしれない。私自身は受賞を理解した。クライムノベルは、世界的に文学のひとつのジャンルとして注目を浴びている。

クライムノベルでは、不可視のシステムが描かれることが多い。そして犯罪者の視点から社会を眺めることが重要だ。

佐藤究さんも、不可視のシステムを描くことに、フィクションを書く意味を見出したようだ。

本作で議論となるのは、非人間的な暴力の描写が、読む側に痛みをもたらさないのかということであろう。死は文学の大きなテーマである。本作ではその範疇におさまらず、殺戮が繰り返される。しかし、本作を上回る残虐な出来事が、世界のあちこちで起きていることも現実。

著者は、百も承知で書いているはずだ。直視すべきことは、麻薬が人体へ害をもたらすという直接的な事実だけではない。その前段階として、麻薬戦争の悲惨さを知る必要がある。麻薬にお金を支払えば、犯罪組織が潤う。

本作のテーマが、暴力性の問題についての徹底追及であり、社会の理不尽さを正すことであるなら、暴力対暴力という構図の見方は変わる。

本作では、臓器売買と麻薬売買を、資本主義経済にはびこる現代の悪として描いている。
グローバル化してゆく日本で、現実に起こりうることのように感じた。

文学に、人物造形や人間性の探求を期待することもあるだろう。だが、読者が求めるのが、必ずしもそうとは限らない。

小説は、教科書では知り得ないことを教えてくれる。これは、文学が果たす役割のひとつといえよう。

本作の軸となる人物は、バルミロ・カサソラと土方コシモの二人。

バルミロ・カサソラは、メキシコの麻薬密売組織の幹部。敵対する組織から辛うじて逃れ、臓器売買で資金を溜め再起を図ろうとする。アステカ神話に繋がる信仰は、カリスマ性をもたらす。

土方コシモは川崎生まれ。親からも学校でも、まともに教育を受けることができなかった。並外れた身体能力が彼の武器。父親の土方興三は暴力団幹部の日本人で、母親のルシアは密入国したメキシコ人である。

バルミロ・カサソラと土方コシモの二人は、運命のように出会う。そして壮絶なクライマックスを迎える。
物語の終結は読者の望みでもあった。

誰が主人公かというと、土方コシモということになるであろう。
たしかに不運が重なり、犯罪組織の一員となった。バルミロ・カサソラのように極悪非道ではない。だが、主人公として共感しづらい人物である。

土方コシモは、根っからの悪人というわけではない。事態を理解できないまま、犯罪組織に加わった。世間知らずで、簡単に洗脳され、戦士にでもなろうとしているようだ。知能的な欠陥があるのかもしれない。欲望を抱くことさえない、無垢な青年に見えることもある。

男性よりも女性のほうが、土方コシモに魅力を感じるのかもしれない。最終的に心を入れ替えた主人公による勧善懲悪の物語という捉え方もあるようだ。

直木賞の選考で、男性委員より女性委員のほうが、本作を高く評価したことは興味深い。傑作という言葉が使われ、絶賛する声が上がった。ただし、困惑する評者もいた。一般読者においても、同様の結果になるのかもしれない。

本作は、アクション小説が好きな男性にも好まれるかもしれない。が、直木賞の選考では、男性陣から反対意見が出ていた。
山本周五郎賞の選評においては、性別を問わず反対意見が出なかった模様。

タイトルにもなっているテスカトリポカは、アステカの神であり、本作の主役として常に存在する。テスカトリポカもまた、生贄の心臓を求める。
テスカトリポカは、煙を吐く鏡という意味のナワトル語。ナワトル語は、アステカで話されていた先住諸民族の言語である。現在も、メキシコなどで150万人以上の話者がいる。

本書では、漢字表記とともに、いたるところでナワトル語やスペイン語のルビが振られている。意図的に全52章の構成にしたのは、アステカの旧暦に則るためである。演出効果やリアリティーを出すための手段のようだ。