文学の嗜み

文学表現全体の総合的な研究

乗代雄介『旅する練習』完成度の高いメタ構造、喪失感が残る結末

旅する練習

乗代雄介さんの『旅する練習』(講談社, 2021年1月/『群像』2020年12月号)は、第34回(2021年5月14日決定)三島由紀夫賞受賞作。
本作は、第164回(2021年1月20日決定)芥川龍之介賞の候補作でもある。乗代雄介さんの作品が芥川賞候補となったのは、第162回の「最高の任務」(『群像』2019年12月号)に続き2度目であった。

第164回芥川賞受賞作は、宇佐見りんさんの「推し、燃ゆ」(『文藝』2020年秋季号)。
第165回(2021年7月14日決定)芥川賞受賞作は、李琴峰さんの「彼岸花が咲く島」(『文學界』2021年3月号)と石沢麻依さんの「貝に続く場所にて」(『群像』2021年6月号)であった。
李琴峰さんの「彼岸花が咲く島」は、第34回三島賞では候補作。

第34回三島賞は候補5作の評価が分かれ、非常に白熱した議論になったらしい。最終的には『旅する練習』と「彼岸花が咲く島」で決選投票。3対2で乗代雄介さんの受賞が決まった。(李琴峰さんの「彼岸花が咲く島」は、2021年6月に文藝春秋より単行本が刊行されている。)

ちなみに第34回三島賞の選考委員は、川上未映子さん、高橋源一郎さん、多和田葉子さん、中村文則さん、松家仁之さんの5名。
第164回・第165回芥川賞の選考委員は、小川洋子さん、奥泉光さん、川上弘美さん、島田雅彦さん、平野啓一郎さん、堀江敏幸さん、松浦寿輝さん、山田詠美さん、吉田修一さんの9名であった。

第34回三島賞は乗代雄介さんの『旅する練習』が受賞したわけだが、選考では、構造の完成度の高さに、評価が集まったらしい。
乗代雄介さんご本人も、かなり手の込んだことをしないと作品が成立しないため、構造には気を使ったと述べている。

『旅する練習』は、叔父と姪の二人旅の話である。
途中、内定をもらい春から社会人になる予定の、女子大生も加わる。

叔父は古風な文体を好む小説家。
姪は元気なサッカー少女で、中学入学を控えている。

小説家の叔父は、物語の語り手でもある。
「私」という一人称を使いながら、回想として語られる構成であった。

時代設定はコロナ禍の現代。
緊急事態宣言などが発令されていない、比較的に外出しやすかった時期のようだ。

叔父と姪の二人は、利根川沿いに、徒歩で鹿島アントラーズの本拠地を目指す。
宿泊をともなう、数日をかけての旅。
コロナ禍だからこそ思いついた計画であった。
叔父は旅先の風景描写により文章の練習をし、姪はリフティングやドリブルの練習をする。
それともう一つ、まったく別の目的もある。

ノートに記した叔父の文章は、作中に挟み込まれ、そのまま旅先の風景描写となり、メタフィクションの構造を作りだす。こういった構造の完成度の高さに評価が集まった模様。
メタフィクションとは、小説を書いている小説家について書いている小説。創作過程の心理状況をテーマにすることが多い。
メタフィクションという言葉をよく聞くが、本作では完成度の高さに評価が集まった。なるほど、こういった作品が、評価されるメタ小説なのだと実感した。

旅が終わった後のことが、最後の1ページに書かれている。本作は、ほのぼのとした話では終わらない。この結末に対しては、読者の間でも意見が割れそうだ。
伏線があったので、もしかしたらと思いつつ読み続けたが、想像したことが現実となった。何か重く深刻な語り口には、理由があった。
なぜ作者はこの結末を選んだのか。本作は、悲劇の後に、回想するように書かれたという設定の物語。つまり、書くに至った動機のほうが、先なのかも知れない。いずれにしろ喪失感の残る結末であった。