文学の嗜み

文学表現全体の総合的な研究

村上春樹『スプートニクの恋人』22歳の女性の同性への恋と彼女が必要とする異性の友人

 

『スプートニクの恋人』は、村上春樹さんの9作目の長篇小説。1999年に講談社より刊行された書下ろし長篇小説である。単行本のページ数は309ページ。

この小説は、「すみれ」という22歳の女性のことを中心とする物語である。すみれは22歳の春に初めて恋に落ちた。その相手は「ミュウ」という名前の女性。17歳年上の既婚女性である。その事が、「ぼく」の目をとおして語られている。

ぼくとすみれは大学で知り合った。ぼくはすみれより大学の学年がふたつ上。ぼくの専攻は歴史学で、すみれの専攻は文芸。二人は古本屋で知り合った。二人は似たもの同士で、小説をこよなく愛していた。こうして異性の友人という関係が始まった。
すみれは、大学の授業が実用に適さないことに失望し、三年生になる前に退学した。そして小説家を目指す。対してぼくにとっての小説は、個人的な喜びであり、こっそりととっておくべきものだった。ぼくは大学を卒業して、小学校の先生になる。
ぼくはすみれに対して好意を抱き健全な性欲もあった。けれども、すみれは僕に対して好意的であったが性欲はない。二人は親密な仲にはなったが、肉体関係はない。すみれは、性欲というものがよく理解できない、とぼくに話したこともある。

すみれは従妹の結婚式でミュウと出会った。二人の席は同じテーブルの隣。その時、すみれはジャック・ケルアック(1922 - 1969)の小説の話をした。
ジャック・ケルアックは、アメリカの小説家であり詩人でもある。代表作は『オン・ザ・ロード』(路上)や『ロンサム・トラヴェラー』(孤独な旅人)など。
すみれがジャック・ケルアックの話をしたとき、ミュウはビートニクをスプートニクといい間違えた。ビートニク(Beatnik)は文学運動だが、スプートニクは旧ソビエト連邦が打ち上げた人工衛星の名前。ビート・ジェネレーション(Beat Generation)というと、第二次世界大戦後にアメリカ合衆国で起こった文学運動の思想や行動様式のことを指し、その実践者がビートニク。ジャック・ケルアックはビートニクを代表する作家の一人である。
スプートニク(ロシア語: Спутник、ラテン文字: Sputnik) の原義は、「付随するもの」という意味で、それが転じて「旅の道連れ」を意味するようになり、地球を周回する「人工衛星」に名付けられた。余談だがロシアの新型コロナワクチンは、旧ソ連が打ち上げた人工衛星にちなんで、「スプートニクV (Sputnik V)」と名付けられた。

ミュウという女性は国籍からいえば韓国人である。両親とも在日韓国人。彼女は日本で生まれ育った。ピアニストになるための勉強をし、音楽大学に進み、フランスの音楽院に留学した経験もある。しかし音楽の道から離れ、父親が経営している貿易会社を、13年ほど前に引き継いだ。12気筒の濃紺のジャガーに乗っている。音楽を離れた理由は本作に書かれている。またミュウは、フランス留学中に好ましくない経験をした。夫は5歳年上の日本人で、ソウル大学経済学部に2年間留学した経験がある。
ミュウとすみれはお互いに興味を持つ。ミュウは、自分の仕事を手伝わないかとすみれを誘い、すみれは応じる。すみれはミュウの秘書になった。そして商談のため、二人がヨーロッパを訪れたときが、物語のクライマックスである。

この小説は、異性にあまり興味を持たない22歳のすみれが、17歳年上の既婚女性に恋をする話である。これは、ただの憧れとはちょっと違う。すみれは、ミュウに対して性欲すら感じている。
すみれが小さなギリシャの島で失踪したときに、ミュウは面識がなかったがすみれから話を聞いていたぼくに相談する。ミュウのことを案じたぼくは、ギリシャまで駆け付けた。ここで、ぼくとミュウは初めて顔を合わせた。
すみれはぼくを必要としている。三角関係とも採れるような恋物語だった。