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村上春樹『一人称単数』短篇集についての考察と世間の評判

2021-09-14更新

一人称単数 (文春e-book)

村上春樹さんの短篇小説集『一人称単数』が、文藝春秋から2020年7月18日に発売開始となった。
短篇小説集の刊行は6年ぶりである。
収録されている作品はぜんぶで8作品。
文藝春秋の月刊誌『文學界』の2018年7月号から2020年2月号に掲載された7作品と書下ろしの1作品から成る。
表題作の「一人称単数」が書下ろし。

短篇集は、文章の名手と言われるような、老練な作家が書くもの、という意見を聞くことがある。この考えからすると、村上春樹さんの短篇集『一人称単数』(文藝春秋, 2020年7月)は、正にそういった作品といえるであろう。

村上春樹さんは、短篇の創作を実験の場としているといった発言をすることがある。実際に、短篇小説を下敷きにしたり発展させたり取り入れたりして書かれた長篇小説がある。例えば『ねじまき鳥クロニクル』『ノルウェイの森』『1Q84などがそうであった。

短篇を原型として長篇を書くという行為は、村上春樹さんに限らず、多くの作家が行っている。いずれにしても短篇集『一人称単数』は、間違いなく読む価値が大きいと感じた。

目次

短篇集『一人称単数』の収録作

短篇集『一人称単数』には、「文學界」に掲載された7篇と書き下ろしの表題作「一人称単数」の、全8篇が収められている。「石のまくらに」「クリーム」「チャーリー・パーカー・プレイズ・ボサノヴァ」「ウィズ・ザ・ビートルズ With the Beatles」「ヤクルト・スワローズ詩集」「謝肉祭(Carnaval)」「品川猿の告白」「一人称単数」の8篇である。

題名にも含まれる人称について

短篇集の特徴の一つは、8篇すべてが一人称単数で語られていること。語り手自身が主人公となり、「私」「僕」「ぼく」などの一人称単数で書かれている。
ただし近代日本において多く書かれた私小説ように、作者自身を主人公として虚構を排し心境を語った作品ではない。

小説を書く際は、視点となる語り手をどうするかという問題がある。一人称にするのか三人称にするのか、人物視点にするのか全知視点にするのか、一視点にするのか多視点にするのかなど。小説は、二人称で書かれることは稀であり、大抵は一人称か三人称かのどちらかで書かれる。

この場合の視点は、小説の中で場面を映し出すビデオカメラのようなもの。つまりビデオカメラの位置や台数をどうするか。
語り手が作中にいれば人物視点であり、いなければ全知視点である。全知視点は、神の視点ともいうが、この場合の全知は全体を知る程度の意味合いだ。

純文学の場合、一人称小説でも三人称小説でも一視点が多いが、三人称の全知視点で書かれた作品もある。日本近代文学の私小説であれば一人称。
大衆文学になると、章などによって視点人物がかわる三人称多視点で書かれた作品が増える。歴史小説のように登場人物の多い大きな物語では、全知視点が多くなる。説明に必要なため純文学と大衆文学に分けたが、この事は純文学でも同じである。

本短篇集の語り手は、「クリーム」が「ぼく」、表題作「一人称単数」が「私」で、他の6篇が「僕」となっている。別の人物に視点が移動することはなく、一人の主人公の視点で語られる。

ちなみに、村上春樹さんの中篇小説『アフターダーク』(講談社, 2004年9月)には、「私たち」という一人称複数が使われているが、基本的には三人称小説である。
村上春樹さんのエッセイ『職業としての小説家』(スイッチ・パブリッシング, 2015年/新潮文庫, 2016年)にも、『アフターダーク』は基本的には三人称小説と書かれている。
なお、『アフターダーク』は単行本で294ページであり、長篇といえる分量だが、村上春樹さんは著書の中で中篇としている。

また、長篇小説『1Q84』(新潮社, 2009年5月-2010年4月)では、視点となる中心人物が、主人公である2人の男女、天吾と青豆、そして裏社会で生きる牛河の3人であった。つまり三人称多視点。
章ごとに中心人物および視点を代える手法は、『1Q84』の特徴の一つになっている。全79章の構成だが、第1巻から第2巻までは、青豆と天吾の章が交互に繰り返され、第3巻からは牛河の章も加わるという構成になっている。

それぞれ違う味わいのある8篇

短篇集『一人称単数』に収録されている、8篇の内容については、それぞれに違う味わいがある。奇妙な物語であったり、謎めいた人物が登場したりする作品もある。

続編でもある「品川猿の告白」は奇抜な発想で書かれた作品だ。猿が人間の言葉を使って話しかけてくるだけでなく、古びた温泉宿で働いている。それに、その猿には妙な特殊能力があるという、とても現実離れした話だ。

逆に「ヤクルト・スワローズ詩集」は、実体験を元にしたエッセイ風の作品だ。村上春樹さんのファンなら誰もが知っていそうな話が書かかれている。
ただし脚色されており、架空の話が混ざっている。あくまで短篇小説として発表しているフィクションである。
短篇の中の「右翼手」というタイトルの詩は、実際にヤクルト・スワローズ公式サイトに掲載されている詩とほぼ同じだ。しかし、「ヤクルト・スワローズ詩集」を、1982年に自費出版したという話はフィクションであろう。

他にも、歳を重ねた主人公が、学生時代や過去を振り返るように語る話や、バーで見知らぬ女性から貶される話など、バラエティーに富む作品が収録されている。

村上春樹さんは、1979年に『風の歌を聴け』で作家デビューを果たしてから今日まで、優れた文学作品を世に送り出してきた。村上春樹さんが、『風の歌を聴け』で第22回群像新人文学賞を受賞したときの年齢は30歳であった。
短篇集『一人称単数』は、文藝春秋の月刊誌『文學界』の2018年7月号から2020年2月号に掲載された7作品と書下ろしの1作品から成る。そして2020年7月に単行本として刊行された。そのときの村上春樹さんの年齢は71歳。

村上春樹さんは、国語教師の両親の下で読書家に育ち、十代の頃はアメリカ文化やハードボイルドの探偵小説などに没頭していたそうだ。
短篇集『一人称単数』は、村上春樹さんが作家としてのキャリアを積みながら、歳を重ねることで得た、卓越した作家としての視点と老練した文章によって書かれていると感じた。

短篇集『一人称単数』、その1「石のまくらに」

「石のまくらに」は、20ページに満たない短編のため、文章の美しさをじっくりと味わっても30分ぐらいで読める。
『石のまくらに』には、村上春樹さんの自作短歌が8首も織り交ぜられている。小説における短歌の作者は、主人公の「僕」が大学2年生のときにアルバイト先で知り合った女性。

あらすじにはあまり触れるつもりはないが、「石のまくらに」は主人公の僕が大学生のときの一夜を回想しながら語っている作品。
アルバイト先で知り合った女性のことを思い出しながら語るというストーリー展開だ。
「石のまくらに」は、その女性が作った短歌を印刷して自分で製本したと思われる歌集のタイトル。

村上春樹さんは、自身を長篇小説家であると述べている。
短篇や中篇は、実験の場であって、得られたものを長篇小説に持ち込んでいるとのこと。
実際に関連性を確認できる小説はある。

村上春樹さんは、エッセイやノンフィックション、翻訳文学なども手掛けている。
しかし小説が特に面白い。短編小説でも同じだ。
なぜなら村上春樹さんの豊かな発想力を感じることができるから。
村上春樹さんの、読みやすくて綺麗な文体も、小説のほうが遺憾無く発揮されているような気がする。

短篇集『一人称単数』、その2「クリーム」

その2「クリーム」は、哲学的な物語であった。

哲学的に感じる理由は2つ。
一つは、意気消沈して公園のベンチに腰を下ろす語り手の「ぼく」の前に突然現れた、老人の哲学的な話。
もう一つは、語り手の「ぼく」が、老人の話を深く理解しようとして、その後も考え続けたから。

この物語は、主人公の「ぼく」が年下の友人に奇妙な出来事を語るという設定になっている。
書き出しは、18歳のときに経験した奇妙な出来事について、という文言である。
それが老人との出会いのことであるなら、奇妙という言葉がしっくりする。

事の発端は、奇妙な出来事というよりは、非道徳的な仕打ちを主人公の「ぼく」が受けたことによる。
主人公の「ぼく」は、18歳のときにある女の子から酷い騙しに遭った。
その時の女の子との関係は、数年前まで同じピアノ教室に通っていたというだけ。
恨みを買うような覚えはない。

冒頭を読んでいる段階では、2013年刊行の長編小説『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』との類似性を感じた。

この小説は、主人公の多崎つくるが、時が流れてから出会った恋人の後押しにより、過去の悲痛な出来事に向き合おうと行動に出る話でした。

一方、短篇「クリーム」では年下の友人に語るのみ。
ピアノ教室で知り合った女の子に、事の真相を問いただす機会はあったはず。
大抵の人は直ぐに行動に出ていたのではないだろうか。
年下の友人も同じように考えたと思う。
だが当時の主人公は、ショックのあまりパニック状態に陥り、行動できなかったのだろう。

この小説は、読む人によって解釈が変わるかもしれない。
深く言及しようとすると、あらすじに触れ過ぎてしまいそう。

「クリーム」というタイトルについては読めば分かるが、主人公が公園で出会った老人の話のなかに出てくる。

短篇集『一人称単数』、その3「チャーリー・パーカー・プレイズ・ボサノヴァ」

1955年に亡くなったジャズのサックス奏者をモチーフにした架空の話である。

「チャーリー・パーカー・プレイズ・ボサノヴァ」とは、実在しないレコードのタイトル名。
主人公の「僕」は、大学生のときに架空のレコード批評を書いたことがある。
非常識極まりなく感じるが、主人公の「僕」にとってはジョークに過ぎなかったようだ。

この記事は、何の疑いも持たなかった編集長によって、大学の文芸誌に音楽評論として掲載された。
そのときの記事は、小説の冒頭に書かれている。
また、掲載直後のことは簡単に触れるだけにとどめている。

そして後半は後日談。
およそ15年後に訪れたニューヨーク市内の中古レコード店での出来事。
さらに後には、主人公の「僕」の夢にチャーリー・パーカーが登場する。
詳細には触れないことにする。

チャーリー・パーカーは実在したジャズミュージシャンであり、アルトサックス奏者。
1955年に34歳の若さで亡くなった。
原因は麻薬とアルコール。
チャーリー・パーカーの死を悲しんだファンたちは、ニューヨークの壁にバードは生きていると落書きをした。
バードとは、チャーリー・パーカーの別名。

村上春樹さんは音楽好きとして知られているが、この小説は好きな音楽のことを題材にしている。

チャーリー・パーカーはモダン・ジャズ(ビバップ)の父とも言われる人物。

短篇集『一人称単数』、その4「ウィズ・ザ・ビートルズ With the Beatles」

語り手である主人公が、高校時代を回想するような展開で物語は始まる。
語り手の高校時代は1960年代半ば。
村上春樹さんの高校時代と重なる。
主人公がジャズとクラシック音楽が好きなことも、著者と同じだ。
この作品は、体験に基づいているかは別として、主人公の設定は著者との共通点が多い。

『ウィズ・ザ・ビートルズ』は、ビートルズの2作目のアルバムのタイトル名。
このレコードは、1963年にイギリスにおいて発売された。
ただし主人公の「僕」は、熱心なビートルズファンというわけではない。
前述したように、主人公は当時からポップ・ミュージックではなくジャズとクラシック音楽が好き。
その頃、ラジオからはビートルズの音楽が頻繁に流れていた。
本作では、ビートルズの音楽が隈無く取り囲んでいた、と表現されている。

小説のタイトルになっているが、『ウィズ・ザ・ビートルズ』についてはちょっとした思い出として語られているのみ。
それは高校の廊下で偶然すれ違った女の子が『ウィズ・ザ・ビートルズ』のレコードを持っていたというもの。
その後、その女の子との再会はなかった。
話は飛び、高校時代につき合っていた初めてのガールフレンドの話になる。

そして終盤は、主人公が35歳になった頃の話。
主人公は悲しい知らせを聞かされる。
話の展開は目まぐるしいが、繋がりはある。

主人公は高校時代を神戸で過ごし、東京の大学を卒業して、物書きになっている。
ストーリーは別として、村上春樹さんの体験を投影しているのかもしれない。

短篇集『一人称単数』、その5「ヤクルト・スワローズ詩集」

村上春樹さんが神宮球場でヤクルト・スワローズの試合を観戦中に小説を書こうと決意したことは、ファンの間ではよく知られている話。
村上春樹さんはヤクルト・スワローズの名誉会員にもなっている。

この短篇小説には、相当な日数、神宮球場に足を運んでいると書かれている。
世間でも知られている話を、自らの文章で、冗談も交えながら書いているようだ。
村上春樹さんは小説の中で比喩を使うことが多い。
この小説でも比喩がある。
ただ冒頭には次のような文章があった。

「つまりセックスに喩えれば、……いや、それはやめよう」

村上春樹さんは、この作品を、過去を振り返りながら、思うままに冗談交じりで書き、短篇小説として仕上げようだ。

この小説には、野球の試合を観戦しながら、野球を題材にした詩を書いていた、とある。
詩集に収めたという「右翼手」というタイトルの詩が載せてある。

この「右翼手」というタイトルの詩は、ヤクルト・スワローズ公式サイトにも掲載されている詩だ。
ヤクルト・スワローズ公式サイトには、短篇「ヤクルト・スワローズ詩集」の一部とほぼ同様の文章も、2014年のコピーライトと一緒に掲載されている。

ただし、1982年に半ば自費出版したとされる「ヤクルト・スワローズ詩集」は実在しないようだ。
これらの部分は架空の話であろう。
この短篇「ヤクルト・スワローズ詩集」は、実体験に冗談を交えたフィクションと考えられる。
エッセイ風の小説なだけで、すべてが事実というわけではない。

なお、「ヤクルト・スワローズ詩集」のことは、2015年11月に文藝春秋から刊行された紀行文集『ラオスにいったい何があるというんですか?』の「漱石からくまモンまで」の中で触れている。

短篇集『一人称単数』、その6「謝肉祭(Carnaval)」

主人公が50歳を少し過ぎたころの話とある。
この短篇小説には、音楽ホールで偶然出会った10歳くらい年下の女性のことが書かれている。
彼らはクラシック音楽を通して友だちになった。

その女性は、容貌は醜いが、話し上手で感じが良く話題は多岐、頭の回転が速く、音楽の趣味もなかなか。
服装の好みがよく、音楽ホールでは上等そうなドレスを着ているし、いつも小ぎれいな一流ブランドの服に身を包んでいる。
住まいは代官山の3LDKマンション、自家用車は真新しいBMWのセダン。
主人公は、彼女と2度目に会ったときに、結婚指輪をはめていることに気づく。

二人は、自分たちが愛する音楽について語り合うことに時間を費やした。
主人公の「僕」は彼女から、究極のピアノ音楽を1曲だけ残すとしたら、と質問される。
主人公はシューマンの『謝肉祭』を挙げた。

『謝肉祭(Carnaval)』は、ドイツの作曲家ロベルト・シューマンが作曲したピアノ曲集。
村上春樹さんがジャズとクラシック音楽の愛好者であることはよく知られている。
シューマンや『謝肉祭』を演奏するピアニストに関する見解を読んでいると、村上春樹さんのクラシック音楽への愛情を感じる。

二人はクラシック音楽を通して交流を続けたが、その関係は半年ほどしか続かなかった。
突然、彼女との連絡が取れなくなったのだ。

小説の後半で女性の正体が明らかになる。
正体が不明で違和感のある人には、何か裏があるということだろうか。

主人公は、小説の終盤で、大学生のときに一度だけ会った女子大生のことを思い出す。
女性を容貌だけで判断しないという点で、好感の持たれる男性ということになるだろう。

短篇集『一人称単数』、その7「品川猿の告白」

主人公の「僕」が群馬の温泉地で一人旅をしたときの出来事とある。
この短篇は、口をきく猿が登場する話だ。

『品川猿の告白』は、2005年に新潮社から発売された短篇集『東京奇譚集』所収の「品川猿」の続編。この時は、「彼女」という三人称単数で書かれていた。

短篇集『東京奇譚集』には、「偶然の旅人」「ハナレイ・ベイ」「どこであれそれが見つかりそうな場所で」「日々移動する腎臓のかたちをした石」「品川猿」の5篇が収録されている。『東京奇譚集』は、基本的には三人称で語られる小説であった。

村上春樹さんは、自伝的エッセイ『職業としての小説家』の中で、短篇小説集『東京奇譚集』と中篇小説『アフターダーク』はどちらも、基本的には三人称小説になっています、と述べている。そして、自分に三人称がしっかり使えることを確かめているみたいです、とも。

『品川猿の告白』の話に戻る。
その口をきける猿は、品川区の御殿山あたりに住む大学教授とその妻に育てられた。
現在は、主人公の「僕」が泊まることになった古びた温泉宿で働いている。
そして主人公の「僕」は、猿が口をきくことを不思議に思いながらも、冷静に品川猿から身の上話を聞く。
翌朝になると、猿と顔を合わせることはなかった。

主人公の「僕」は、東京へ戻ってからも誰にも品川猿の話をしなかったし、文章にもしなかった。
それは誰も信じないと思ったから。
主人公は物書きをしているようだ。
仮に事実として書くと、あまりにも突飛すぎていて誰も信じないだろうと、主人公は考えた。
それから主人公は次のように語っている。

フィクションとして書くには、話の焦点と結論が今ひとつ明確ではない

編集者に見せても、困惑するだろうし、テーマについて訊かれるかもしれない、ともある。
主人公にも、テーマや教訓は、どこにも見当たらない。

それから5年後、主人公の「僕」は品川猿の話を裏付ける話を聞く。
そして、当時書き残しておいた覚え書きを元に、群馬県の温泉宿での奇妙な体験を書き起こした。

主人公の「僕」が品川猿と出会い見聞きしたことは、非常に奇妙で妄想のような話だ。
それを主人公の「僕」も自覚しているが、シリアスにまとめているところが面白い。

短篇集『一人称単数』、その8、書下ろしの表題作

表題作のテーマは、人生の分岐点についてのようだ。

その8「一人称単数」の冒頭では、スーツを身に纏うことがほとんどないという話から始まる。
ただし、クローゼットにある滅多に必要としないスーツやネクタイなどが気になる様子。
買ってからほとんど袖を通していないスーツがある。
それらのスーツを試しにちょっと着てみたり、ネクタイを締めたりすることがあるようだ。
大抵は一人で家にいるときに行い、そのまま一人で街を歩くこともある。

その日は、数年前に買ったポール・スミスのダーク・ブルーのスーツを広げ、ネクタイとシャツを合わせた。
そして一人で街に出て、一度も入ったことのないバーに入った。
結果論になるが、家で映画でも見ていればよかったと、ちょっと後悔することになる。

誰しも人生の分岐点というものがあり、これまで何度か経験してきたはず。
自分の人生に誰かの選択が影響することもあるだろう。
そして現在の自分がいるのだ。
村上春樹さんの言葉を借りれば、幾度も分岐点で選択してきた結果として次のようになる。

一人称単数の私として実在する

主人公は、初めて入ったバーで、50歳前後の女性と言葉を交わした。
会話の一言一句も選択肢になるだろう。
スーツとネクタイのコーディネートもまた然り。

作品を自由に楽しんでほしいとのこと

村上春樹さんは、高校生から短篇集『一人称単数』について質問を受けた際に、作品を自由に楽しんでほしい、と伝えたそうだ。

国語の設問で、主人公の心情や何を意味しているかなどを問われることがある。村上春樹さんは、これに否定的な考えをお持ちだ。著者の村上春樹さんご本人も分からないことであり、意味や解釈については読む人の自由という意見だ。

同じようなことが、『一人称単数』の一篇「ウィズ・ザ・ビートルズ With the Beatles」に書かれている。もっとも、主人公の「僕」は、それが原因のひとつとなり、国語の学業成績が振るわなかったようだ。

また、高校生たちは『一人称単数』の一篇「品川猿の告白」の中で、なぜ品川猿が好意を持った人間の女性の名前を盗むのか、という素朴な疑問について尋ねた。
村上春樹さんは、猿にしかわからないと、返答したらしい。作者と読者の意見が違っても間違いではなく、物語は誰にでも平等に開かれている、というのが村上春樹さんの小説に対する考えのようだ。

それから村上春樹さんは、小説を書く際、あらかじめ話の筋を決めるのではなく、アイデアが浮かんだら自由に書き進めているとのこと。確かにデビュー作『風の歌を聴け』から最近の作品を通して、そういった印象を受ける。
ただ、『一人称単数』を読めばわかるように、文章は年々、凄味を増し洗練されてきていると思う。

そして村上春樹さんは、高校生たちに作品の情景が心に残ってほしい、と伝えたようだ。

小説はどんな書き方をするのも自由だが、あえて必要なものを挙げるとすれば場面。
読み終わったときに、自らの心の動きを通して味わったことを、景色や場面として記憶してほしいということであろう。