文学の嗜み

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村上春樹『アフターダーク』 客観的に「私たち」という視点で語られる三人称小説

 

村上春樹さんの『アフターダーク』は、単行本で294ページ、文庫本で304ページの分量の小説です。
講談社から2004年9月に単行本が刊行され、2006年9月に文庫化されました。
村上春樹さんのエッセイ『職業としての小説家』には、『アフターダーク』は中編小説と書かれています。
『アフターダーク』は、長編小説といえる分量ですが、村上春樹さんにとっては中編小説の感覚なのでしょうか。
たしかに、村上春樹さんの著作には、『1Q84』のように単行本3巻からなる作品があります。

目次

執筆のきっかけは大学時代に見たフランス映画

村上春樹さんは、執筆のきっかけとして、大学時代に見た『若草の萌えるころ』という映画を挙げています。
『若草の萌えるころ』は、1968年のフランス映画です。
この映画は、パリの街で女の子が一晩を過ごす話です。
ある日、女の子の伯母が倒れ、意識が回復しません。
大好きな伯母の死を恐れて眠れなくなります。
そして、夜の街に出かけ、彷徨うという話です。

『アフターダーク』のあらすじ、実は異界もの!?

『アフターダーク』には、浅井マリという19歳の女子大生が登場します。
マリが23時56分から翌朝6時52分までに体験する出来事がストーリーの中心です。深夜から翌日の明け方までの出来事として描かれています。
物語の冒頭には、彼女が深夜の「デニーズ」で熱心に本を読む姿が描かれています。
マリは、「デニーズ」で高橋テツヤという男に声をかけられました。
高橋は、マリの姉と高校時代の同級生でマリとも会ったことがあると話し出します。
高橋は、「デニーズ」に入ってきたときに、楽器ケースを肩に掛けていました。
高橋は法学科の大学生です。
司法試験を受けるため、音楽は止めるつもりだと話します。

マリには、社会学を専攻している大学生の姉がいます。
姉の名前は、浅井エリです。
マリは、姉のエリに対してコンプレックスを抱いています。

高橋が去った後も、マリは「デニーズ」で本を読んでいました。
そこへ今度は、カオルと名乗る大柄な女性が入ってきて、マリに声をかけます。
カオルは、ラブホテル「アルファヴィル」のマネージャーです。
カオルは高橋の知り合いでした。
カオルは、高橋からマリが中国語を話せることを聞いて会いに来たのです。

その日の深夜に、「アルファヴィル」で事件が起こっていました。
中国人の娼婦が客から暴力を振るわれ、身ぐるみを剥がされたままホテルの一室に取り残されています。
カオルはマリに通訳を依頼しに来たのです。

このあらすじだと、リアリズムを感じるかもしれませんが、読者は夢のような不思議な現象を体験します。

そして闇の世界へ。

ここではない世界を書くことが村上春樹さんのモチーフ

村上春樹さんは、東京大学文学部の特別講座で、次のようなことを述べたことがあります。

ここではない世界というのを書くのは僕の趣味なんです。いや、趣味というかモチーフです。

『アフターダーク』においては、非現実的な不思議な部屋に、主人公の姉、エリが運ばれていきます。

主人公の女の子、マリがいるのは都会の具体な夜の街。
しかし村上春樹さんは、闇の中というか一種の異界の中に女の子がいる、と述べています。

さらに、次のようなことも。

ライトモチーフというのは絶対自分の中にあるわけだから。その何かが小説を書かせる。だから(別々な作品でも)同じようなことが出てくるんです。

書いていることというのはだいたい同じになってしまうんです。その同じものをいろいろな角度から、いろんなかたちで書きつづけるしかない。

三人称で書かれた小説、「私たち」という一人称複数

『アフターダーク』は、三人称で書かれた小説です。
村上春樹さんは、エッセイ『職業としての小説家』の中で、基本的には三人称小説と述べています。
そして、自分に三人称がしっかり使えることを確かめているみたいです、とも。

『アフターダーク』を読むと、三人称の全知視点で書かれているという印象を受けます。客観三人称という言い方もできるでしょう。

『アフターダーク』では、登場人物を次のように説明しています。

「女の子」「彼女」「マリ」、「若い男」「彼」「タカハシ」、「エリ」、「大柄な女」「カオル」、「コムギ」、「コオロギ」、「娼婦」「郭冬莉」。よって三人称の小説です。

『アフターダーク』は場面の変わり目に番号が振られています。「1」「2」「3」と続き「18」まであります。そして隣には時計のイラストにより時刻が示されています。pm11:56に始まりam6:52に終わるという設定です。

場面の書き出しについて少し触れます。
番号が1で時計の針がpm11:56。冒頭の書き出しの一文は次のとおりです。

目にしているのは都市の姿だ

冒頭には次のような文章もあります。

空を高く飛ぶ夜の鳥の目を通して

広い視野の中で

更にいくつか、場面が変わったときの書き出しを挙げます。

「部屋の中は暗い。しかし私たちの目は少しずつ暗さに馴れていく」「前と同じデニーズの店内」「浅井エリの部屋」「マリとカオルが人気のない裏通りを歩いている」

もう少しふれると、番号2の場面における時計の針はpm11:57。つまり一分後。

「部屋の中は暗い。しかし私たちの目は少しずつ暗さに馴れていく」と始まります。

場面2の2段落目には次のような文章もあります。

私たちはひとつの視点となって

カメラはベッドの真上に位置し、彼女の寝顔をとらえている

『アフターダーク』の大きな特徴のひとつとして、「私たち」という一人称複数で語られていることが挙げられます。
冒頭を含め、複数の場面が「私たち」という語り手の視点で捉えられ、物語は進んでいきます。最後の段落も「私たち」で始まる文章で締め括っています。

引用はしませんが、「私たち」という一人称複数での情景描写はとても印象的です。

村上春樹さんは、次のようなことを語ったことがありました。

今度の『アフターダーク』では三人称だけという風に、少しずつパースペクティブな振り幅を広げているわけです。

パースペクティブ(perspective=眺望)は、「問題とする事柄についての今後の予測や将来の見通し」(新明解国語辞典第七版, 三省堂)といった意味。一言でいうと「視野」あるいは「焦点化」。

アメリカ文学者であり、翻訳家でもある、柴田元幸さんの『翻訳教室』(新書館, 2006年3月/ 朝日文庫, 2013年4月)に書かれています。