文学の嗜み

文学表現全体の総合的な研究

川越宗一『熱源』人生を全うしようとする登場人物の情熱

 

かつて樺太の地で起きた出来事を、史実に基づいて描いたフィクション

川越宗一さんの小説『熱源』を読みました。
『熱源』は、2019年8月に文藝春秋から刊行され、第162回直木賞を受賞した作品です。
樺太(からふと、現在のロシア領サハリン)の地を中心に、明治から第二次世界大戦終結の頃までを生きていた人々の姿が描かれています。
この物語は史実をもとにしたフィクションです。

明治から終戦を迎える昭和にかけて、サハリンで暮らしていた先住民は、日本やロシアなどの周辺国からの影響を受けながら暮らしていました。
タイトルになっている熱源の意味するものは、生きる情熱や意志。
登場人物が人生を全うしようとする熱意が伝わってくる小説でした。

この物語の中心人物は、樺太アイヌのヤヨマネクフと、ポーランド人のブロニスワフ・ピウスツキ。
ヤヨマネクフは、この物語の主人公です。
ヤヨマネクフの日本名は山辺安之助で、白瀬矗の南極探検隊に同行した人物として知られています。
ヤヨマネクフのほかにも、アイヌの人々が登場し、それぞれ力強く生きていく姿が描かれています。
この物語で描かれている時代は、明治から第二次世界大戦が終わる頃の昭和まで。
年月が流れるなか、年を重ねる三世代の樺太アイヌが登場することになります。
ブロニスワフは帝政ロシア支配下のリトアニアで生まれたポーランド人。
サハリン流刑となったのちに、民俗学者としてサハリン先住民の研究者となりました。樺太アイヌの女性と結婚し、二人の子どもが生まれます。
ブロニスワフという、ポーランド人の視点が加わることで、日本と世界の情勢が鮮明になっています。

白瀬矗の南極探検隊には、山辺安之助と花守信吉(シシラトカ)という2人の樺太アイヌが隊員として同行しました。
山辺安之助は、南極探検という事業を通して、アイヌ民族の誇りを示したいと考え、南極探検隊に加わります。
彼ら樺太アイヌは、日常的に犬橇を使用していました。
南極では、犬橇が必要となるため、犬橇係として探検隊に加わったのです。

この物語では、白瀬矗のほか二葉亭四迷や大隈重信、金田一京介、石川啄木などの著名な日本人も登場します。
この小説は、歴史や文学などの話題で頻繁に登場する著名人の人物像を想像しながら、楽しむこともできました。

川越宗一さんは、『熱源』の執筆にあたり、数十冊の参考文献を読んでいます。
フィックションとはいえ、当時の国際情勢や樺太で暮らす人々の様子が、ひしひしと伝わってきました。
明治から大正、昭和にかけて樺太で起こった出来事と、そこに住むアイヌやギリヤーク、オロッコなどの先住民がどのように生き抜いたかを知ることができます。
この小説を読むことで、アイヌの人々をはじめ、樺太の先住民が体験した歴史を、登場人物の葛藤を通して考えることができました。
明治維新、日露戦争、第二次世界大戦および、当時の日本やロシアを、樺太で暮らしていた人々の目線で理解することができます。