文学の嗜み

文学表現全体の総合的な研究

門井慶喜『銀河鉄道の父』父親でもある気鋭作家が描く父子の情、家族愛

本書には、宮沢賢治の生涯や家族についての物語が、賢治の父・宮沢政次郎の視線を通して描かれています。賢治の立場で読むのか、父の政次郎の立場で読むのかで、味わいや感じ方は変わってきます。
そして賢治の母・イチや祖父・喜助、祖母・キンの存在も大きかったはずです。また賢治の妹のトシとシゲとクニ、弟の清六らにとって、長男である賢治はどのような存在であったのか。賢治の名付け親は、実は政次郎の弟・治三郎。治三郎の職業は写真家ですが、金持ちの道楽と村人から陰口をたたかれることもあります。

 

賢治の生家は祖父・喜助の代からの富裕な質屋です。花巻の商家としての宮沢家は、徳川時代後期、宮沢宇八という人のひらいた呉服屋・井づつやに始まります。領内の富商でしたが、孫の喜太郎が派手好き遊び好きで、戊辰戦争の影響もあり、店はつぶれ財産は四散しました。それでも喜太郎の弟・三男の喜助が、花巻をはなれて始めた古着屋の商売で小金をため、花巻に戻り質屋をひらきました。その息子の政次郎は家業の質屋を継ぎます。本来は賢治も政次郎の後を継ぐ立場でした。政次郎は、町会議員でもある地元の名士であり、浄土真宗の熱心な信者でした。
賢治は、事あるごとに政次郎に無心し、日蓮宗系の宗教団体にも入会しました。道楽者と揶揄されることもありました。宮沢賢治は1896年に岩手県花巻市に生まれ、1933年に37歳の若さで亡くなります。教師や技師として地元に貢献し、多数の詩や童話を創作します。病気のため寝床に臥せるようになってからも、創作を続けました。

門井慶喜さんは、お子さんのために買った『宮沢賢治』の学習漫画がきっかけとなり、『銀河鉄道の父』を描こうと思いついたと仰っています。明治時代の家父長制全盛期にもかかわらず、過保護な父親であった政次郎と、賢治のエピソードに衝撃を受けたそうです。本書は第158回直木賞受賞作です。