文学の嗜み

文学表現全体の総合的な研究

東野圭吾さんの『あの頃の誰か』わけあり物件を集めた短編集!?

あの頃の誰か (光文社文庫)

東野圭吾さんの短編集『あの頃の誰か』(光文社文庫, 2011年1月)には、シリーズものでない8編が収められている。本書は、当初から文庫判として発売された。

8編のタイトルと初出は、次のとおりである。

「シャレードがいっぱい」(コットン90年11月号)
「レイコと玲子」(コットン91年6月号)
「再生魔術の女」(問題小説94年3月号)
「さよなら『お父さん』」(小説宝石94年7月号)
「名探偵退場」(『やっぱりミステリーが好き』新潮社90年6月刊)
「女も虎も」(IN★POCKET97年7月号)
「眠りたい死にたくない」(小説新潮95年10月号)
「二十年目の約束」(別冊小説宝石89年12月号)

東野圭吾さんにとってのシリーズもの以外の短編集の発売は、17年ぶりであった。どの作品も、2011年1月刊行の『あの頃の誰か』まで、短編集への収録チャンスがなかった。

東野圭吾さんによれば、「わけあり物件」が収録されているとのことである。

例えば、「シャレードがいっぱい」と「レイコと玲子」を掲載した小説誌『コットン』の出版社は、倒産している。講談社の『IN★POCKET』は、2018年8月号をもって休刊となった。

倒産や休刊とは別の話になるが、徳間書店の文芸誌『問題小説』は、2012年1月号より誌名を『読楽』(どくらく)に改題している。

あらすじなどは、次のとおりである。

「シャレードがいっぱい」は、バブル景気の頃に書かれたものだが、作品にその気配が漂っている。この作品がきっかけとなり、『あの頃の誰か』というタイトルを付けたらしい。世相を思い出させる短編ミステリーである。

小説誌『コットン』90年11月号での発表から、20年以上経っての文庫化であった。文庫本で78ページの分量である。

この小説には、メッシー、アッシー、ミツグ君など、男性からすると腹立たしいが、当時使われていた言葉が出てくる。そして、この頃の携帯電話は大きかった。

本編の主人公、津田弥生にも、そういった時代の感覚はあるが、好感度はそれほど悪くない女性として描かれている。

シャレードとは、英語でcharadeと書くが、言葉当て遊びのことで、文字謎という意味で使われている。本編の謎解きのキーワードである。

「再生魔術の女」は、被害者の姉が執念で事件を解き明かすストーリーである。
分量は文庫本で32ページと短い。

あとがきを読むと、短編集『あの頃の誰か』の中には、たくさん手直ししたり、収録を迷ったりした作品もあるようだ。
しかし「再生魔術の女」は、東野圭吾さんが気に入っている作品とのことである。
この作品に関しては、単に収録チャンスがなかったらしい。

短編集『あの頃の誰か』の刊行は、2011年1月。それ以前に、シリーズものでない短編集が刊行されたのは、94年2月に単行本が刊行された、短編集『怪しい人びと』(光文社)である。

「再生魔術の女」の発表は、『問題小説』94年3月号。
短編集『怪しい人びと』への収録には、間に合わなかったようだ。
発表から17年ほど経っての文庫化となった。

「再生魔術の女」の冒頭は、根岸夫婦が赤ん坊を養子にするために、引き取りの世話をしている、中尾章代宅を訪れた場面である。

妻の千鶴は、根岸家の社長令嬢。夫の峰和は、逆玉の輿に乗り婿養子となった。
根岸家の後継ぎが欲しいのだが、千鶴の卵巣機能に生まれつきの欠陥がある。千鶴の方が、体外受精などの医学的な方法を好まなかった。
中尾章代は、普段、病院の産婦人科で働いている中年女性で、ボランティアで養子縁組の仲介をしている。

妻の千鶴は、赤ん坊を抱き、運転手が運転するベンツで、一足先に帰宅する。
夫の峰和と中尾章代は、二人だけで今後の打ち合わせをすることにした。
すると、中尾章代は、十歳年下の妹が被害者となった、七年前の殺人事件ついて語り始める。
未解決事件の推理が始まったのだ。

東野圭吾さんご本人が気に入っているだけあって、凝りに凝った作品という印象を受けた。完成度も高いように思う。

「さよなら『お父さん』」は、『小説宝石』1994年7月号での発表から、16年以上経っての文庫化となった。
こちらの分量も、文庫本で26ページと短い。

本編は、名作長編『秘密』(文藝春秋, 1998年9月)のプロトタイプである。
ところが、東野圭吾さんは、本作はわけあり物件であると、述べている。

東野圭吾さんは、短編集『あの頃の誰か』のあとがきで、「さよなら『お父さん』」を収録するかどうか非常に迷ったと、述べている。そして次のようなことも述べている

この短編は、私の長編小説の『秘密』の原型です。作品として不満だったから、長編として書き直したのです。そんなものを商品として出していいものだろうかと悩みました。

作品として不満があったが、担当編集者の意見を聞き入れて、載せることにしたらしい。

「さよなら『お父さん』」がどういう作品かというと、オーソドックスな構成で、段落分けなどがしっかりしている印象を受ける。分量が26ページと短いこともあるが、話の内容や展開が分かりやすい。

「さよなら『お父さん』」では、航空機事故が起こる。
対して『秘密』では、スキーバスの転落事故にするなどの変更をしている。
しかし、着想や本筋はほぼ同じだ。

『秘密』は、1998年9月に文藝春秋から単行本として刊行され、2001年5月に文庫本が発売された。
『秘密』の分量は、単行本で415ページ、文庫本で452ページである。

「名探偵退場」は、1990年に新潮社から単行本として刊行された『やっぱりミステリーが好き』に収録されていた作品。また『やっぱりミステリーが好き』は、1995年には講談社から文庫本が刊行されている。

『やっぱりミステリーが好き』には、当時の若手作家グループ「雨の会」のメンバーが、アンソロジーを作るために書き下ろした作品が収録されている。

「女も虎も」は、講談社の企画で書いた作品。どういった企画かというと、ある作家が出したタイトルで、ほかの作家が小説を書くというもの。

東野圭吾さんは、文庫本化にあたり内容に不満を感じていた作品に関しては、手直ししている。
最もたくさん手直ししたのが、「レイコと玲子」とのこと。