文学批評と研究

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ケン・リュウ 『紙の動物園』知性と叙情の作家と評される中国系アメリカ人

2021-09-16更新

中国系アメリカ人、ケン・リュウ氏の短篇小説「紙の動物園」「もののあはれ」「円弧(アーク)」などについてです。
「紙の動物園」は、2012年度のヒューゴー賞・ネビュラ賞・世界幻想文学大賞の各短篇部門を受賞しています。これは史上初の快挙でした。
「もののあはれ」は、日本をテーマにしたSF小説です。2013年度ヒューゴー賞短篇部門を受賞しています。
「円弧」は、日本で映画化された作品です。

目次

ケン・リュウ氏の経歴

ケン・リュウ氏は、1976年中華人民共和国甘粛省蘭州市生まれです。
11歳のときに、中国からアメリカ合衆国へ家族と共に移住しました。

物心ついてからの移住であり、中国人の両親の下で育ちました。
中国文化の影響も大きいと考えられます。

アメリカ合衆国では、ハーヴァード大学で英文学を専攻し、同時にコンピューター・サイエンスの授業も取っています。

さらにハーヴァード・ロースクールにも入学しました。

弁護士、プログラマーとしての顔を持ち、中国SFの英訳も行っています。

「紙の動物園」ぼくと母親について、第一短篇集などの表題作

短篇小説「紙の動物園」は、ケン・リュウ氏の出世作です。フィクションであり、設定などが異なっても、氏のアイデンティティを感じる作品です。

本作は、2012年度のヒューゴー賞・ネビュラ賞・世界幻想文学大賞の各短篇部門を受賞しました。これは史上初の快挙です。

日本では、古沢嘉通氏の翻訳で『SFマガジン 2013年3月号』に掲載され、第45回(2014年度)星雲賞海外短編部門、第25回(2013年度)SFマガジン読者賞海外部門において受賞しています。

「紙の動物園」の原題は「The Paper Menagerie」。一般的な「zoo」ではなく「Menagerie」という語を使っています。
訳者の古沢嘉通氏は、戯曲『ガラスの動物園』(テネシー・ウィリアムズ, 原題「The Glass Menagerie」)を意識しているのでは、と著者のケン・リュウ氏に対して質問したそうです。

ケン・リュウ氏は、この短篇の題名はまさしくウィリアムズの戯曲へのアリュージョンです、と答えたそうです。2015年刊『紙の動物園』の訳者あとがきに書かれています。

アリュージョンとは、英語でallusionと書き、「暗示」や「ほのめかし」と訳されます。修辞法の一つである引喩のことで、古典文句などを引用する方法です。

テネシー・ウィリアムズはアメリカ合衆国の劇作家。戯曲『ガラスの動物園』は、1944年に執筆された自伝的作品で、同年にシカゴで初演され、翌年にはニューヨーク・ブロードウェイで上演されています。

主人公「ジャック」の母親は弱々しく脆い存在のように見えます。しかし大きな内なる力を持っていることが明らかになるのです。

「もののあはれ」日本をテーマにしたSF小説、短篇傑作集2の表題作

本作は、2013年度ヒューゴー賞短篇部門の受賞作です。

原題が「Mono no Aware」で、主人公の名前は「大翔(ひろと)」。
中国系アメリカ人作家による日本をテーマにしたSF短篇小説です。

欧米人が日本人を好意的に見るときの視座に、中国人の感覚が入り混じっていると感じました。

2015年刊『紙の動物園』の訳者あとがきには、ケン・リュウ氏の言葉として次のようなことが書かれていました。

自分が読んだ中国や日本の物語の多くは、西欧的ストーリーテーリングの規則に従わない語りであり、それに興味を抱いて、「Mono no Aware」を書いた、と。
西欧的ストーリーテーリングの規則とは、物語の主人公が積極的に問題解決のために行動しなければならない、ということ。

例として、漫画家の芦奈野ひとし氏の『ヨコハマ買い出し紀行』を挙げています。
こちらは水没しつつある世界で、若い女性の姿をしたロボット・アルファが、オーナーの帰りを待ちながらカフェを営むという設定のSFコミックです。

「円弧(アーク)」テーマは不死、日本で実写映画化されたSF短篇小説

物語は、主人公が人生を振り返るように描かれています。
主人公は、不可能と思われていた偉業に、深く関わってきた人物です。

科学の発展による若返りや生命の延長というのは、一度は想像してしまうテーマだと思います。
私自身も、もっと若い頃には、何度か想像したことがありました。

フィクションとわかっていても、本作に書かれている「長命化処置」などには、リアリティーがあります。
「若返り処置」や「アンチエイジング処置」などの言葉が使われていて、もっと身近で、実現が可能なものという感覚になりました。
スケールの大きさが違うにしても、今日の美容整形に関する社会問題とも似たところがあります。

作中人物は様々な意見を述べていて、受け止め方はそれぞれが異なっていました。
必ずしも、全ての人々が歓迎し、恩恵を受けているわけではないのです。
人間の健康にも、お金持ちなのかでこれほどの格差が生じるのであれば、これも大きな社会問題といえるでしょう。

私自身はどうかというと、若くてお金もあるなら、処置を受けるかもしれません。

小説のなかでは、リスクがあることも読者に伝えています。
遺伝子異常が原因で、逆に老化に導いてしまうこともあるのです。
リスクがあることを、処置後に知り、だんだんと不安になる人もいました。
生命延長を信じない人もいました。

主人公の心情も、揺れ動きます。

「紙の動物園」「もののあはれ」「円弧(アーク)」などが収録されている短篇集

ケン・リュウ氏の第一短篇集『紙の動物園』(ケン・リュウ著, 古沢嘉通編・訳, 早川書房, 2015年4月)には、次の15篇が収録されています。

「紙の動物園」「もののあはれ」「月へ」「結縄(けつじょう)」「太平洋横断海底トンネル小史」「潮汐」「選抜宇宙種族の本づくり習性」「心智五行」「どこかまったく別な場所でトナカイの大群が」「円弧(アーク)」「波」「1ビットのエラー」「愛のアルゴリズム」「文字占い師」「良い狩りを」

また上記の単行本版『紙の動物園』の文庫化にあたり、短篇傑作集1『紙の動物園』(ケン・リュウ著, 古沢嘉通訳, 早川書房, 2017年4月)と短篇傑作集2『もののあはれ』(ケン・リュウ著, 古沢嘉通訳, 早川書房, 2017年5月)の二分冊となりました。

短篇傑作集1『紙の動物園』の収録作品は、次の7篇です。

「紙の動物園」「月へ」「結縄」「太平洋横断海底トンネル小史」「心智五行」「愛のアルゴリズム」「文字占い師」

短篇傑作集2『もののあはれ』の収録作品は、次の8篇です。

「もののあはれ」「潮汐」「選抜宇宙種族の本づくり習性」「どこかまったく別な場所でトナカイの大群が」「円弧」「波」「1ビットのエラー」「良い狩りを」

さらに、映画化原作を表題作とした短篇集『Arc アーク ベスト・オブ・ケン・リュウ』(ケン・リュウ著, 古沢嘉通訳, 早川書房, 2021年5月)も発売されました。
こちらは四六判サイズの単行本です。
収録作品は、次の9篇です。

「Arc アーク」「紙の動物園」「母の記憶に」「もののあはれ」「存在(プレゼンス)」「結縄」「ランニング・シューズ」「草を結びて環を銜えん」「良い狩りを」

書籍情報

『紙の動物園』ケン・リュウ著, 古沢嘉通編・訳, 早川書房, 2015年4月(ポケット・ブック判、新書判サイズの単行本)

 

 

『紙の動物園 ケン・リュウ短篇傑作集1』ケン・リュウ著, 古沢嘉通訳, 早川書房, 2017年4月(文庫本)

 

 

『もののあはれ ケン・リュウ短篇傑作集2』ケン・リュウ著, 古沢嘉通訳, 早川書房, 2017年5月(文庫本)

 

 

『Arc アーク ベスト・オブ・ケン・リュウ』ケン・リュウ著, 古沢嘉通訳, 早川書房, 2021年5月(四六判サイズの単行本)